会社員時代

瀧定名古屋に総合職として入社しました。

トップ画像は社販での様子です。

瀧定名古屋は大手セレクトショップやアパレルブランドに生地や服を販売する商社です。

みなさんが着ている服は少なからずこの会社が関わっているであろう影響力の大きい会社です。

本社は名古屋にあり、有名な財閥系企業です。

私は紳士(メンズ)の生地を海外及び国内から買い付け、アパレルブランドへ販売する部署へ所属となりました。

業務内容は月曜日は8時~13時まで会議、火曜日もしくは水曜日~金曜日は東京へ販売のため出張。

他時間は名古屋にて事務作業。

半年に1回程度で海外へ仕入れの出張がありました。

東京出張中はアポイントが終わり事務所へ戻るとだいたい20時か21時。

そこから先輩たちと朝3時か4時まで飲み歩くのが当たり前になっていました。

体力的には大変でしたが、先輩たちとの飲みは本当に楽しくて、20~40代の人間でスナックにいっては裸で踊り歌いといったどんちゃん騒ぎでした。

大学生のようで恥ずかしいですが、個人的にはそれがとてもすきでした。

私は商社を選んだ理由に、社会の一般的な常識やマナー、知見を得ること、また仕入れと販売両方を知ることで商売とは?といったことを大きくとらえることができるだろうと思い入社しました。

適度にさぼり、適度にハードワークして、同期の中ではトップレベルの新規開拓をかなりの成績を残しています。

その分かなりむちゃくちゃもしてましたが。

適度にさぼっていたのは好成績を残しても出世するだけで、給料は変わらないん~と思っていたからです。

やっぱり自分は固定給というのが合っていないんだなとなんとなく思っていました。

そんなことを考えながら会社でタバコを吸っていたとき、携帯に知らない番号から着信がありました。

プルデンシャル生命保険 神戸支社の◎◎です、と。

私は前日に転職サイトでこのプルデンシャル生命の記事が出ていてなんとなく「気になる」ボタンを押したことを電話があった時に思い出しました。

プルデンシャル生命は日本で一番の営業会社です。営業力ではあの有名なキーエンスにも勝っていると思います。

そんな会社から電話があり、詳細を聞いてみるといわゆるヘッドハンティングの電話でした。

私の経歴を見て、気になったから一度面談をしないか?と言われ、私は即答し翌週には神戸へ向かっていました。

プルデンシャル生命保険

プルデンシャル生命は日本でもNO1の営業会社だと思っています。

報酬は完全フルコミッションで年収3、4000万クラスの先輩方がいっぱいいます。

いわゆるやればやるだけの世界で、報酬は青天井です。

ご存じの方もいらっしゃるかとは思いますが、電通から転職しプルデンシャルで圧倒的結果を残した芦名さんという方がいます。

彼は最高月収2400万円だそうです。

この会社は新卒採用はなく、ヘッドハンティングでしか入社できません。(最近は一部のみ新卒採用をはじめたとか・・・)

そもそも新卒エントリーという制度が当時はありませんでした。

社内には、メガバンク、大手証券、大手広告会社やテレビ局といった難関高給取り出身の方々がうじゃうじゃいます。

そんな会社で活躍している情報を嗅ぎ付け、プルデンシャルのヘッドハンターが採用していくのです。

それだけ有名企業で結果を残していた方々はバックグラウンドがやはり凄まじいです。

結果を残している人はそれまでにも大きな成果やチャレンジをしてきた人ばかりでした。

そうでない人はプルデンシャルでも結果を残せないためすぐにやめてしまいます。

やめてしまうというより、完全フルコミッションなので給料より経費が多くなり退職せざるを得なくなります。

プルデンシャルは非常に厳しい世界です。

今にも辞めてしまいそうな年収300万ほどの先輩と、みんなから尊敬され毎週のように支社にて表彰される年収3000万円の先輩が同じ空間にいます。

なんともいえない雰囲気です。

成績=報酬の金額によって、座る椅子が色分けされています。

そのため、会社に出社してその人が座っている椅子を見れば成績が一目瞭然なのです。

かくいう私も2年程で退職しています。私の場合は1年目は支社でも表彰されるぐらいには成績を残していましたが、2年目から徐々に失速しはじめてしまいました。

2年目序盤あたりから起業することを意識しはじめていたため、本気ではなかったのだと今になって思います。

1年目は朝7時には出社し、終電まで働き休みも1年で1日しか取りませんでした。

それだけハードワークをすれば結果がでるのも当然です。

しかし、経営者としていく道を選んだため、退職しました。

後悔はありません。

今の経営者として生きていく方がはるかに自分に合っていると思うからです。

次章は私の経営者になるまでと、なってからの記事を書こうと思います。